院内事故調査体制に関する調査報告

調査協力:全国社会保険連合会

2009年3月30日
財団法人生存科学研究所 医療政策研究会

はじめに

本調査は、中小規模の病院における、医療機関内事故調査(以下院内事故調査とする)のための実効性のある仕組みづくりを検討するため、全国社会保険連合会(以下全社連)の協力を得て、病院のリスクマネジメントの実態と院内事故調査体制について調査したものである。

医療法(第6条10)および医療法施行規則(第1条11)は、病院の管理者に対し、病院の大小にかかわらず、医療の安全確保の指針を策定し、委員会を開き、職員研修のほか事故報告など医療の安全を確保する方策を義務づけている。しかし一般医療機関においては、特定機能病院等に設置が義務づけられている安全管理委員会を常設することも、専任者を置くことも、事故発生時に厳格な事故調査をすることも、人的経済的条件から極めて困難な状況である。しかし、医療事故の真相究明と再発防止において医療機関の規模によって、大きな格差があってよいはずはない。現在、国により設置が検討されている医療安全調査委員会の制度では、密接不可分の制度として医療機関内に設置する事故調査組織の整備が想定されている。しかし中小医療機関に対する十分なサポート体制を整備した上でなければ、たとえ医療安全のハードルを上げ、院内事故調査に多くを求めたとしても、実際には、地域医療の現場に混乱をもたらし、かけ声倒れに終わる可能性が高い。

全社連は、一般病床663床の大規模病院から40床(療養病床と合わせて110床余り)の小規模病院まで、全国52の病院を傘下にもち、グループとして様々な医療安全対策に取り組んでいる。とくに昨年2月より医療事故発生時の対応に関して「マニュアル改訂ワーキンググループ」を発足し、医療における有害事象(医療事故)の発生・再発を防止し、患者の安全と医療の質の向上を図るべく、真実説明に基づく組織的な対応指針を作成している。これは有害事象発生時に患者・家族に対し「真実説明」を第一義とすることをグループ内医療機関に徹底するなど、リスクマネジメントにおいて他の医療機関に先駆けた活動として評価されている。これは、医療安全管理の人材養成教育から医師賠償責任保険の一元的契約に至るまで、グループ本部の医療安全に対する先進的な日常活動がベースにあって初めて可能になったものと考えられる。

では、実際に有害事象が発生したときに、適切な対処ができるかどうか。医療安全管理者が一人活躍して、規則をつくり、行動マニュアルを整備したとしても、事象発生時に必ずしも有効に機能するとは言えない。むしろ日常に根付いた安全文化とともに、病院組織のすべての構成員が高いリスクマネジメント意識をもつことが求められるであろう。

こうした観点から、全社連の全国52病院に対し、院内事故調査態勢に関して質問紙法にて調査した。回収結果は、とくに病院長と他の職種との認識のギャップに着目して分析した。

財団法人 生存科学研究所医療政策会は、平成19年4月より弁護士・ジャーナリスト・一般市民と医師、安全管理者である看護師が参画して発足し、診療関連死の原因究明と調査分析が、医療事故の原因分析の端緒であり、当事者にとっては紛争の解決、当該医療機関・医療従事者や病院管理者にとっては再発防止に向けた自律的対処、国民と医療界にとっては医療の安全と質の向上に資するものであるという共通認識の基に、政策提言と調査研究を行っている。

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調査の方法

財団法人生存科学研究所医療政策研究会が作成した調査用紙(添付)を、グループ本部より、各医療機関の医療安全管理者あてに送付し、調査協力を要請した。調査用紙は、調査対象職種ごとに色分けし、病院長および医療安全管理者は病院名の記載を求め、医療安全管理者ではない看護職種については、病院名の記載欄を設けなかった。

全社連本部から3通(種類)の質問用紙と返信用封筒を医療機関に送付し、各自記入後、それぞれ調査主体である財団法人生存科学研究所医療政策研究会あてに郵送により返送していただいた。調査期間は、2008年5月30日に各病院に調査用紙を発送、6月末までに134通を回収した。翌年1月になって届いた回答1通をこれに加えている。回答を依頼したのは、52病院の病院長(医療機関の責任者)、医療安全管理者、看護係長など看護職で、合計156通。回収は、135通だった。医療安全管理者については、当初、専任あるいは専従の医療安全管理者を回答者として想定していたが、一部、組織の責任者と解釈し、副院長が回答されたものとみられる。

調査期間:2008年5月30日から6月30日
配布156通 回収135通(遅れて回収した1通を含む) 病院長 42(回収率80.7%)
医療安全管理者 48(回収率92.3%)
内:副院長 9、その他医師 6、その他コメディカルの医療安全管理者 33
看護係長など 44(回収率84.6%)
不明 1

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調査結果の概要

  • ①病院トップの事故対応姿勢の現状評価【F-1】病院の医療安全文化全体の評価【F-2】およびリスクマネジメントの自己評価【C-1, 3, 4, 5, 6, 7】の諸点において病院長と医療安全管理者の認識のズレはかなり大きいことがわかる。
  • ②医療事故について非医療スタッフの認識が乏しいという指摘が多い。
  • ③過失の疑いがある場合に限って組織的原因究明をすると考えているものが多く、とくに患者の予期しない死亡に際して「必ず組織的な原因究明を行う」とした病院長は50%を大きく割り込んだ。
  • ④病院長は、原因究明の最終責任者ではあるが、原因究明組織の責任者としては適任者ではないが、病院長を事故調査委員会の長とするとした回答が多く、とくに病院規模が小さいほど病院長まかせが圧倒的な多数を占める。
  • ⑤組織的原因究明=必ず実施、緊急対応=病院スタッフのすべてが理解、病院トップに伝える仕組み=全員周知、院長への報告時間=1時間以内および真相究明の仕組み=規定あり実施可の5項目は、医療事故対応の評価にとってある意味で指標となる。
  • ⑥原因究明の視点は、依然として「だれの過失か」にある。日常の医療安全活動において、「人はだれでも間違える」という認識を広めることが重要である。
  • ⑦院内事故調査に外部委員を含めることについての認識はまだ極めて乏しい。顧問弁護士や保険会社関係者を外部委員とする誤解も多く、また非医療系外部委員の適切な選出母体も乏しい。外部委員について、その必要性の理解を進めるとともに適切な人材確保が課題である。

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